「お骨」が溺れる!?
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    JUGEMテーマ:葬儀

     

     

     

    愛媛県今治市菊間地方の伝統工芸

     

    「菊間瓦」でできている「骨壺」。

     

    ぼくは、この「骨壺」にとっても惹かれる。

     

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    死んだら、焼かれて、骨になる。

     

    骨は、骨壺に納められる。

     

    そして、お墓に入る。

     

    お墓が家なら、骨壺は「部屋」だ。

     

    死んだら、気に入った、

     

    ステキな「部屋」で過ごしたいものだ。

     

    作家「水上 勉」(2004年没)は、

     

    大量生産の味気ない白磁の骨壺には入りたくないと、

     

    自ら工房を作り、蹴り轆轤・手捻り・窯で焼き、

     

    骨壺をつくった。

     

    また、最近では、絵柄つきのデザインされた

     

    磁器の骨壺も多く見られるようになった。

     

    ただ、ぼくの好みは、磁器ではなく「陶器」である。

     

    水上 勉も「陶器」であった。

     

    「陶器」がいい、というぼくも

     

    この「菊間瓦の骨壺」は気に入った。

     

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    「お骨」が溺れるという話をご存知だろうか?

     

    主に骨壺の内側で発生した「結露」と

     

    雨水による浸水で骨壺に水が溜まる。

     

    「お骨」が水浸しになる、ということ。

     

    ぼくは、最近それを知って、

     

    そんなこともあるんだと、驚いた。

     

    この「菊間瓦」に備わった、

     

    「吸水性」・「排水性」で「お骨」が溺れる、

     

    というなんとも息苦しい自体を防げるそうだ。

     

    ただ、このような「機能性」だけで

     

    「モノ」に魅力を感じる時代ではない。

     

    この「骨壺」には、ストーリーがあった。

     

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    この「骨壺」の製作を手がけるのは、

     

    明治12年創業の株式会社 菊銀製瓦さん。

     

    http://www.kikugin.com/index.html

     

    現在は4代目。

     

    ただ、この「骨壺」は、

     

    若き女性の「鬼師」、4代目の娘さんである、

     

    「菊地 晴香」さんの作。

     

    この「骨壺」は、

     

    いぶし銀の重厚さで威厳を感じるものの、

     

    気品も感じられ、

     

    洗練されたデザイン性も兼ね備えた逸品でる。

     

    また、この菊間瓦の骨壺の企画・プロデュースは、

     

    今治市にある「relationship悠(リレーションシップはるか)」さん。

     

    http://yu-haruka.com/

     

    具体的に言うと、

     

    「お骨」が溺れる、という問題と伝統工芸「菊間瓦」を

     

    結びつけたステキなアイデアを

     

    株式会社 菊銀製瓦さんに持ち込んだのは、

     

    「relationship悠(リレーションシップはるか)」代表の

     

    「黒石さとみ」さんだ。

     

    昔ながらの職人気質の世界で、

     

    新しい企画「菊間瓦の骨壺」が実現されるにいたるまでには、

     

    大変な苦労と試行錯誤があったであろう。

     

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    このようなストーリーがあるからこそ、

     

    「菊間瓦の骨壺」に魅力を感じるのである。

     

     

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    終活トータルコーディネート 『ライフ・イズ・ワンダフル』

     

    http://www.lifeiswonderful.link/

     

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    posted by: 立石 浩一 | お墓のこと | 10:04 | comments(0) | - |
    「墓じまい」の予定
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      お盆を過ぎ、8月の終わりに近づくと

       

      毎年思うこと。

       

       

       

       

      このお墓は、父の両親の代からの

       

      まだ新しいお墓で、

       

      数年前に建て替えた。

       

      父は、四男だが、

       

      ほかの兄弟は、

       

      自分でお墓を持っている。

       

      また、その他の兄弟間の事情で墓守になった。

       

      そして、おととし、

       

      父が亡くなった跡を継いで

       

      ぼくが墓守になった。

       

      おそらく、母が最後の、

       

      このお墓に入る人物である。

       

      それは、このぼくが、このお墓に入るとつもりがないからであり、

       

      ぼくが死んだあと、このお墓を継ぐ者がいないからでもある。

       

      妹がいるが、彼女は、亭主の家のお墓に入る。

       

      ぼくの代で墓じまいをすることになる。

       

      そして、同じ霊園内にある、合祀墓に移す。

       

      ただ、この霊園の埋葬方法は、

       

      お墓の下のお骨を収めるカロートは「土」であり、

       

      骨壷を収めるのではなく、骨壷からお骨を取り出し、

       

      直接「土」に撒くのである。

       

      お墓という墓標はあるが、土に還るという

       

      「自然葬」でもある。

       

      だから、合祀墓に移すといっても、

       

      お骨と渾然一体となった土を移すといったほうがいい。

       

      墓じまいをしたとしても、

       

      この墓の跡地の土に「父と母」が眠っている

       

      という想いは強く残ってしまうだろう。

       

      ぼくは、自分の「カラダとアタマ」が、元気なうちは、

       

      ぎりぎりまで、墓じまいをしないでおこうと思っている。

       

      まだ数十年ある。

       

      気持ちや考えに変化があるかもしれないから。

       

       

       

       

       

      posted by: 立石 浩一 | お墓のこと | 07:25 | comments(0) | - |
      「1024人」
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        お盆にお墓参りに

         

        母親とふたりでいきました。

         

        ご先祖様について思うのは、

         

        年に1度のお墓参りくらいです。

         

         

         

        そこで、思ったのが、

         

        ぼくには、「何人のご先祖様がいるのか?」

         

        ということです。

         

        つまり、「何人の遺伝子を受け継いでいるのか?」

         

        ということになります。

         

        机上の計算だと「10代前は1024人」です。

         

        およそ、250年前くらいでしょうか。

         

        まあ、ぼくにはわかりませんが、

         

        「1024人」がかかわって、

         

        「ぼくが存在する」ということです。

         

        「1024人、机上の計算でも、いいじゃないですか」。

         

        「ロマン」を感じませんか?

         

         

         

        ぼくの「お盆に想った」ことです。

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        posted by: 立石 浩一 | お墓のこと | 23:29 | comments(0) | - |